なぜヴァイキングは海へ出たのか?――人間行動進化学が提示する「結婚市場をめぐる過酷な競争」説
なぜヴァイキングは海へ?エリート層の一夫多妻による女性独占。一方で結婚市場から排除された者たち。権威を求めるエリートと結婚資格を求める者の利害関係から、遠征の動機を分析する。
ヴァイキング時代前夜の750年頃、エストニアのサルメ。
船と共に埋葬されていた41体の遺骨には、激しい白兵戦の痕跡と豪華な副葬品が残されていた。
金メッキやガーネットで装飾された剣、狩猟用の猛禽類、セイウチの牙で作られたゲームの駒。そして歯のエナメル質の同位体分析は、彼らが地元民ではなく、スウェーデン中央部(メーラレン湖地方)の特権階級とその護衛集団であったことを示している。
つまり、既に財産や地位があるエリート層までもが遠征していたのだ。そして数十年後のヴァイキング全盛期には、膨大な数の「持たざる者」たちが合流していくことになる。
ではなぜ、立場を問わず男たちは命を懸けて危険な海へ乗り出したのか?
ヴァイキングの遠征要因として、従来は人口過剰や気候変動、航海技術の発展が語られてきた。しかし近年、人間行動進化学の観点から新たな説が提示された。
それは、当時の北欧社会を覆っていた「過酷な結婚市場の競争」という要因だ。

記事の根拠・参考文献
①Ben Raffield, Neil Price, Mark Collard
Male-biased operational sex ratios and the Viking phenomenon: an evolutionary anthropological perspective on Late Iron Age Scandinavian raiding
Evolution and Human Behavior, Volume 38, Issue 3, pp. 315–324 (2017)
https://doi.org/10.1016/j.evolhumbehav.2016.10.013
②Steven P. Ashby
What really caused the Viking Age? The social content of raiding and exploration
Archaeological Dialogues, Volume 22, Issue 1, pp. 89–106 (2015)
https://doi.org/10.1017/S1380203815000112
③T. Douglas Price, Jüri Peets, Raili Allmäe, Liina Maldre, Neil Price
Isotopic proveniencing of the Salme ship burials in pre-Viking Age Estonia
Antiquity, Volume 90, Issue 352, pp. 1022–1037 (2016)
結婚市場の構造
ヴァイキング時代(750年〜1050年頃)の北欧では、富裕なエリート層による一夫多妻制や妾制が広く行われていた。富と権力を持つエリート男性が、ステータスの誇示や血統の維持のために女性を囲い込んでいたのだ。
ここで注目されるのが、人間行動進化学の指標である実効性比(Operational Sex Ratio: OSR)の偏りだ。OSRとは、ある社会の中で実際に配偶可能な男女の比率を指す。
実効性比(OSR)
中世の人口統計に実効性比が何パーセントかという完全なデータは存在しない。しかし、下例の様に文化人類学的には比較的控えめな一夫多妻制であっても、男性人口の実に35%が結婚から排除される計算になる。
例:男・女各20人(計40人)の仮想社会
最上位の1人が4人の妻をとり、そのほか上位2人が3人の妻をとる。
この時点で17人の男性が残るが女性は10人のみだ。20人中7人が結婚市場から完全に排除される。
社会全体の男女比が均等であっても、上位層が複数の女性を囲い込んだことで極端な男性過多へと傾いた。
さらに持たざる者に追い打ちをかけたのが、当時の婚姻制度だった。正式な婚姻に不可欠だった高額な花嫁料や身分要件が障壁となり、持たざる者は結婚市場から構造的に排除された。
この閉塞感を打破したのが、エリートと持たざる者の階層を超えた利害の一致である。
海を渡る軍船を造り遠征を率いる資力を持つのは、一握りのエリートだけだった。彼らは自らの権威を高め、私兵団を束ねるための富と名声を欲していた。
一方で、持たざる者には命を懸けてでも花嫁料や戦功、あるいは女性捕虜を獲得し、結婚市場への参入資格を得たいという切実な動機があった 。
権威を欲するエリートの野心と、社会的困難に直面した持たざる者たちのハイリスクな挑戦。この2つが噛み合ったことで、全欧を揺るがすヴァイキングの遠征という巨大なうねりが発生したのだ。
整理すると、以下の様な循環構造が出来上がっていたと考えられる。
サガに刻まれた持たざる者の絶望
前章の循環構造の肝である「エリートによる配偶者の独占」と「深刻化する若者の結婚難」を裏付ける痕跡は、当時のサガ(伝承)に残されている。
エリート層が富を獲得し、国内の女性を囲い込んだとき何が起きていたのか。
力づくの略奪(ハーヴァルズのサガ)
地方の有力首長がその権力を盾に、他の男性たちの娘や女性親族を力づくで連れ去った実態が記されている。持たざる者たちには首長の略奪を拒む力すらなかった。
家柄と富の絶対的な壁(盟友たちのサガ)
娘を結婚させない理由を問われた父ゲッリルは、財産と所領が十分に豊かで家柄が良く、十分な武功を持った男がまだ現れていないからだと答えた。持たざる者は、スタートラインにすら立てなかった。
側室による階級上昇(ヨムスヴァイキングのサガ)
デンマーク王ハーラルとの間に娘が子を宿した際、娘の父はそれを歓喜して受け入れた。正式な婚姻ですらない妾という扱いであっても、エリートの子を産むことこそが家族の地位を引き上げる希望になったのだ。
伝承されたサガ
サガはヴァイキング時代に語り継がれた口承だ。北欧にキリスト教が定着した12世紀以降、知識人がそれを羊皮紙に書き起こし、写本として現代まで残した。
同階層の娘たちがエリート層へと吸い上げられていく。持たざる者にとって故郷にいる限り、結婚市場から構造的に排除されることを意味していた。
国内では、女性も結婚に必要な富も手に入らないなら、危険を冒して外の世界から奪うしかない。
この事実を証明したのが、初期アイスランド定住者の人骨DNA分析である。遺伝学的調査の結果、男性血統(Y染色体)の多くが北欧系であるのに対し、女性血統(ミトコンドリアDNA)の過半数がブリテン諸島(ケルト系)由来であることが判明したのだ。
これは、国内で高額な花嫁料を用意できない者も含め、海外遠征で捕らえた現地の女性たちを妻や側室として連れ帰り、新たな社会の基盤に組み込んでいた証拠である。
そして、彼らが略奪した富もまた、結婚市場を勝ち抜くための重要なパスポートだった。異国の宝物は単なる換金用の金属ではない。海を越えて武功を立て、生還した名声を証明する役割を持っていた。
エリート層は略奪品を通じて自らの権威を示し、それを私兵団に分け与えることで集団の結束を固めた。分配を受けた持たざる者たちもまた、獲得した富と名声によって自らのステータスを引き上げることができたのである。
暴力の底にある生存の合理性
ヴァイキングといえば、突如として海から現れ、教会を焼き払った血に飢えた略奪者として語られてきた。彼らが富の略奪に狂奔し、激しい暴力を用いたことは紛れもない事実である。
一方で、人間行動進化学が提供したのは「なぜ彼らがそこまでして命懸けで富や名声を渇望したのか」という動機に対する解釈モデルだ。
エリートにとっては権力闘争を勝ち抜いてさらなる配偶者や地位を独占するための手段であり、持たざる者にとっては排除された結婚市場へ参入するための生存戦略だったという視点だ。
この上下の利害が一致したことで、無数のヴァイキングが全欧へ侵略していくことになったのだ。もちろん、ヴァイキング時代の開幕には多様な要因が複雑に絡み合っている。結婚市場の競争という単一の要因だけで、彼らの行動のすべてを説明できるわけではない。
しかし、人間行動進化学が提示した新たな視点は、当時の社会構造に裏付けされた説得力を持っている。
人間行動進化学と進化人類学
主に参考にした論文では「進化人類学」という表記が用いられているが、この記事では「人間行動進化学」を採用した。
進化人類学という大きな領域の中に人間行動進化学は含まれている。
彼らが「なぜその行動を選んだのか」という動機や生存戦略をみるにあたっては、後者の方がニュアンスとして適していると判断したためだ。